東京高等裁判所 昭和27年(ネ)686号 判決
被控訴人は控訴人等に対し、別紙<省略>第一目録記載の各金員及びそれぞれこれに対する昭和二十年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人等代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実並びに証拠の関係は、
控訴代理人において、原判決六枚目裏終りから三行目に「南口」とあるのを「北口」と訂正し、同じく七枚目表初めから二行目「火薬類が格納してあつたため、」の次に「甚しく空気の流入を妨げ、」を、又同三行目「高温の気体を」の次に「北口より」をそれぞれ挿入し、同四行目に「不十分」とあるのを「甚だ不十分」と訂正する。なお本件事故のため家屋、家財、田畑、農作物、衣料、農器具等が毀損、滅失又は荒廃に帰し、ために蒙つた財産上の損害の詳細は末尾添附の別表第二目録記載のとおりである。
控訴人等の本件被害は直接には総て二股トンネルの爆破飛散に因つて生じたものであつて、その北口より噴出した火焔等に因つて生じたものではない。そして若し南口も開放されていたならばそこから盛に冷凉の空気が流入して在中火薬類の爆発力を大いに減殺したであろうことは疑うべくもなく焼却が進行して比較的大爆発を惹起しても、その際には南北両口より火焔等を大量に噴出したであろうから、トンネルを爆破飛散せしめる程強力な大爆発を惹起するに至らず、従つて本件被害を生じなかつたであろうことを想像し得るのである。南口が開放されていても小爆発は免れなかつたものと認むべきであろうが、南口が開放されていてもなお且つトンネルを爆破飛散せしめる程強力な爆発を惹起せしめたであろうとは考えられない。故にたとえ大爆発を惹起してもその爆発はトンネルを爆破飛散せしめる程強力なものではなく、ただ南北両口より激しく大量の火焔等を噴出せしめる程度のものに止まつたであろうから、控訴人等の本件被害は発生しなかつた筈であり、従つて警察官等が南口を開放することに注意を払わなかつたことも本件被害の原因であるといわなければならない。
又本件火薬類に点火する以前においては、本件トンネルの各入口には番人を置き附近で喫烟することさえ危険であるとして厳禁されていた程であるから、トンネル内に格納したまま火薬に点火することが極めて危険であることは、普通人の容易に感知し得るところであるから、その点火に立ち合つた警察官がその重大な危険を占領軍に告げて右の点火を阻止することに努めたならば、占領軍も容易にこれを了解して格納したままの点火を取り止め、本件事故を惹起するに至らなかつたであろう。故に警察官が何等の危険なきものと速断して右の阻止に努めなかつたのも亦過失であるといわなければならない。
仮に日本陸軍を代表する矢野少佐が関係書類の交付により本件火薬類を占領軍に引き渡したとしても、その引渡は連合軍最高司令官の指示なくしてなされた不適法のものであるから、日本陸軍はこれによつて危険防止の責任を免れたものということはできず、該火薬類が人の生命、身体、財産に危害を及ぼすことのないよう措置され終るまで相当注意すべき義務があつたのであるから、日本陸軍は右引渡後においても占領軍と連絡を保ち、その処分に立ち合つて善処する等危険防止に努力すべきであつたにも拘らず、事ここに出でずして本件事故を惹起せしめたのは重大な過失であつて、被控訴人はその責を免れない。又仮に本件火薬類の引渡要求が当時の情勢上日本陸軍にとつては不可抗力であつて拒むことができず、その引渡自体については過失あるものとはいえなくても、日本陸軍はこれによつて引渡後の注意義務までも免れたものということはできないと述べ、被控訴指定代理人は控訴人等代理人主張の財産上の損害の発生した事実及びその数額の点はこれを認めるが、その余の事実は否認すると述べた。
<立証省略>
三、理 由
按ずるに、日本陸軍が小倉陸軍兵器補給廠から搬出した箱詰の弾薬その他の火薬類を福岡県田川郡添田町大字落合字二股所在の国鉄二股トンネル(長さ約一丁)及びその南方約十二、三丁の位置にある国鉄吉木トンネル(長さ約半丁)の内部に格納したことは当事者間に争がなく、原審並びに当審証人矢野一三、原審証人数山吉男の各証言によれば、陸軍少佐矢野一三は昭和十九年七月頃から昭和二十年十一月十五日頃までの間前記小倉陸軍兵器補給廠山田填薬所長として廠長の命令の下に弾薬類の整備、補給、貯蔵並びにこれに関する業務一切を担当していたところ、防空上の見地から右補給廠内の火薬類を疎開することになり、西部軍司令部の指示に基き、矢野少佐において現地調査の結果最も適当な疎開格納の場所として当時運輸省の管理下にあつた二股トンネル及び吉木トンネルを選び、昭和二十年初頃その内部に前示火薬類を格納したこと、その格納状況は、二股トンネルには所謂火薬類に属する無煙火薬たる三号帯状火薬(綿に硝酸及び硫酸を浸み込ませ、アルコール並びにエーテルで練り合せたもので、亜鉛管に二十五瓩入れ、縦一尺、横三尺、高さ約七、八寸の木箱に納めたもの)五十三万三千百八十五瓩を、トンネルの南口から約一米半、北口から約六米、両側約五十糎、上方約一米八十糎の空間を残して積み重ね、その全容積はトンネル容積の七十ないし七十五パーセントに及んでおり、他方吉木トンネルには、所謂火工品に属する薬包類(紙袋入りで三号帯状火薬とほぼ同一性能)百二十八万三千二百八十二瓩、点火具類(相当危険度の高い火薬を筒又は箱に収容したもの)二十六万六千七百三十四瓩、四つに区分された信管類(危険度の高い火薬を平均六瓦位宛真輸製の筒の中に収容したもの)四万一千百個、八万四千三百五十四個、四十七万二千五百二十八個、二十万十五個を各種類並びに各区分毎に、相互の間隔六十糎、両側の空隙四十糎、高さ約一米八十糎の堆積とし、その全容積はトンネル容積の二十ないし二十五パーセントに過ぎず、右格納はいずれも内務省の銃砲火薬類取締令と陸軍の弾薬取締令に準拠して定められた弾薬取締細則に従つて処理されたものであることが認められる。
而して終戦後である昭和二十年十一月八日前記矢野少佐が添田警察署において本件火薬類の物件目録を福岡地区占領軍ハウスキン中尉に手交したこと、同月十二日午後一時頃及び午後三時頃それぞれ吉木トンネル及び二股トンネルの各北口からその内部の火薬類に点火されたこと、吉木トンネル内の火薬類が点火後格別の事故を起すことなく一ケ月余燃焼を続けたのみで無事であつたが、二股トンネルにおいては点火当日午後五時二十分頃同トンネル内の火薬類が大爆発を惹起し、トンネル上部の丘陵を破砕するに至つたことはいずれも当事者間に争がない。
控訴人等代理人は右二股トンネルの爆発事故は被控訴人の責に帰すべき事由により発生したものであると主張するから按ずるに、
原審並びに当審証人矢野一三、同和田定雄(一部)、原審証人岸田正敏(一部)の各証言を綜合すれば、本件地区管轄の占領軍である米国第百三十師団から前記矢野少佐に対し本件火薬類の引渡に関する指示があり、当時国の機関であつた添田警察署(現在の添田町警察署)に対しても同趣旨の通知があつたこと、矢野少佐は陸軍の所謂独立部隊の部隊長としてその所管に属する火薬類を占領軍当局に引き渡す権限を有しており、右占領軍の引渡指示を受けるや、予め占領軍の指示した書式に則り昭和二十年八月三十日現在の調査に基いて本件火薬類を含む火薬類の品目、名称、数量並びに格納場所を記載した兵器現況表四部を作成した上、同年十一月八日添田警察署において当時の警察署長和田定雄立会の下に連合国軍所属福岡地区占領軍のハウスキン中尉に対し本件火薬類の物件目録たる前示兵器現況表二部を手交し(右物件目録手交の点については当事者間に争がない。)、その一部を添田警察署長に、一部を矢野少佐自身の手元にとどめておいたこと、右書類交付の際矢野少佐は通常の引渡の方式に従うべく現地における確認方を申し出たところ、占領軍側ではその二、三日前に現地において確認済みであるからその必要がないといわれたのでその現地における現実の引渡を省略して単に前記物件目録の交付により本件火薬類の引渡をなしたこと、右書類の交付時を境として、それまでは主として地元民四名を陸軍軍属の名義を以て本件トンネルの警備にあてていたが、それから後は右軍属等を警備面から引き揚げさせる反面、占領軍からの命令によつて内務省(警察官)がその警備の任に当るとともに、占領軍官憲も時折現地を見廻つていたことが認められる。原審並びに当審証人和田定雄、原審証人岸田正敏の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対照して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実からすれば、本件火薬類は昭和二十年十一月八日前記物件目録の交付と同時に日本陸軍当局から占領軍当局に引き渡され、爾来占領軍の占有並びに管理下に置かれるに至つたものといわざるを得ない。尤も、右引渡については、前記米国第百三十師団から発せられた引渡指示が千九百四十五年九月二日指令第一号附属一般命令第一号第六項にいう連合国最高司令官の指示に基くものであることを直接認めるに足る証拠はないけれども、終戦直後の占領下において、事敗戦国たる我が国の武装解除に関する緊急且つ不可避の事項ではあり、占領軍から当然発せられることの予想される引渡に関する指示でもあり、占領軍師団として前記の如く公式に日本国官憲に対し発せられた指示であるから、特段の反証なき限り、占領軍内部関係においても命令系統を遵守して為された適法のものと推認するを相当とすべく、従つて矢野少佐が右指示に基きその指示の方式に従い本件火薬類を引き渡したことは適法であるとなすべきのみならず、仮にその指示が占領軍内部の命令系統を遵守してなされたものでなかつたとしても、当時の情勢上日本陸軍にとつては占領軍内部の命令系統の遵守を糺してその指示を拒むことは必ずしも期待し難かつたものと考えられるから、本件火薬類がまだ日本官憲の管理下にあり、或はその占領軍への引渡自体につき前記矢野少佐に義務違背あるものとは解し難い。
更に前段挙示の各証拠及び原審証人佐々木精一、同島本渥美の各証言を綜合すれば、昭和二十年十一月十二日占領軍ユーイング少尉が兵二、三名を引き連れて添田警察署を訪れ、本件火薬類の焼却処理を行うため、人夫五、六名を出すことを命令したので、同警察署長和田定雄の命を受けた同署警防主任として警防団関係並びに火薬関係等の事務を担当していた警部補岸田正敏は、佐々木精一、島本渥美の両巡査を引率して右占領軍将兵等と同行し、人夫を集めて先ず吉木トンネルに到つたところ、占領軍将兵等は人夫達に手伝わせて吉木トンネル内から火薬包入りの箱十四、五個を取り出し、その一部に点火して焼却試験をした後、火薬の包を破つて取り出した火薬を撤布して幅約一米、トンネル北口から十五米ないし二十米の長さの導火線を作り、同日午後一時頃占領軍将兵等がライターでこれに点火し、更に二股トンネル北口に到り、前同様の焼却試験を行つた上、前同様の方法により導火線を作り、同日午後三時頃占領軍将兵等がこれに点火し、十数分間その燃焼状況を見守つた後岸田警部補等を伴つて次の焼却作業現場たる岩瀬火薬庫に向つたことが認められる。原審並びに当審証人和田定雄の証言中右認定に反する部分は右各証拠と対照して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定の事実に徴すれば、前示福岡地区占領軍当局は、既に日本陸軍から引渡を受けてその占有管理下にあつた本件火薬類を焼却する方針をきめ、占領軍が主体となつてその方針に則りその計画に基いて本件火薬類の焼却作業を実施したものであり、日本官憲たる前示警察官は占領軍当局の要請に基いてその必要な人夫を集め、事実上これに協力したに過ぎないものであつて、控訴人等代理人主張の如く国の機関としての警察官がその管理下にあつた本件火薬類につき自ら焼却作業を行つたものとはなし難い。尤も前記証人岸田正敏の供述に依れば警察官のうちには前示導火線を作るなどしてこれを手伝つた者があつたことが認められるが、単にこれのみによつては未だ警察官が自ら本件焼却作業を行つたものとはいえない。
よつて更に前示占領軍当局が本件火薬類の焼却作業を行つたことに関連して日本国官憲としての措置に過失があつたか否かにつき按ずるに、原審並びに当審証人矢野一三、原審証人数山吉男、同安藤光信、当審証人三好司の各証言に原審並びに当審における検証の結果を綜合すれば、吉木、二股両トンネル内における火薬類の格納状況は既に説示したとおりであつて、吉木トンネルについてはその格納状況が各種類毎に分けて区分され、火薬の量も少く、且つ、トンネル内に相当空積があつたので、点火によつて火薬類が一個一個爆発し、個々に小爆発を起しながら順次徐々に延焼して行つたため、格別の事故もなかつたのであるが、二股トンネルの方は火薬類がすべて無煙火薬であり、その性能は七糎半の高射砲弾のケース中に一瓩三九〇瓦の火薬を入れ、重さ六瓩の高射砲弾を八千五百米の上空にまで発射することができる程度のものであり、トンネルの容積に対し火薬の量が多量であつたため、点火によつて燃焼が順次奥に進むに従い瓦斯圧によつて爆燃の現象を起して遂に轟発が起き(この轟発のたびに間けつ的にトンネル北口から火焔が数十間の長さに放射されたものと考えられる。)、温度の高まるのと振動とにより順次爆発の量が拡大され、最後に大爆発を起したものであり、その爆心はトンネルの中心部からやや北口よりの辺であつたと推察されるのであつて、トンネルの両入口が完全に開放されていても当然大爆発は免れなかつたものと認むべきである。尤も当時二股トンネルの南口は従前より上方からの土砂の崩壊のため殆ど閉塞され、辛うじて人体を通ずる程度の小口を残すのみであつたことは当事者間に争のないところであり、前示の如き轟発と振動とにより或は二股トンネルの南口が崩壊する土砂のため遂に閉塞するに至つたかも知れないことは想像し得られないことではないが、右南口が完全に開放されていたならば本件大爆発が起らなかつたこと、換言すれば右南口が当事者間に争のない小口を残す程度に閉塞されていたことが本件大爆発の原因又は一因をなしていたものであることはこれを認めるに足る証拠はない。従つて右南口の状態の如何は多少被害の範囲及び程度に変化があつたかも知れないが、これが決定的な原因をなしていたものとは考えられないし、又南口が開放されていたならば本件事故による後記被害が発生しなかつたと認むべき何等の資料も存在しない。なお前示証拠によれば、本件事故発生当日は北の微風晴天であつたから、右天候が本件大爆発に影響があつたものとは考えられない。
以上説示し来つたところに徴すれば、本件事故は結局本件火薬類の焼却をするについては、これを開放された場所で少量宛焼却することをしないで、大量の火薬をトンネル内における前示格納状態のまま点火して焼却したことに起因するものというべきである。然るに原審(後記措信しない部分を除く)並びに当審証人矢野一三の証言によれば矢野少佐は嘗ての管理者として本件火薬類の品目、数量、性能、格納状況につき詳細に知つており、且つ、本件火薬類を占領軍に引き渡す際、占領軍当局においては右火薬類の引渡を受けた上焼却処分をするものであることは知つていたにも拘らず、右引渡に際し本件火薬類の品目、名称、数量並びに格納場所を記載した物件目録を交付したのみで、その格納状況については詳細な説明をしなかつたし(占領軍当局において現地を確認した旨を告げられたことは既に説示したとおりであるが、占領軍当局が二股トンネル内に立ち入り等してその格納状況を詳細に見分し、これを知悉していたと認むべき証拠はない。)、前示ハウスキン中尉から本件火薬類の性能を質問されたのに対しても、ただ分子式をもつて説明したのみで焼却処分に関し危害発生の認識と、安全な焼却方法の指示を与えなかつたことが認められる。原審における同証人の証言中右認定に反する部分は容易く措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて日本陸軍の担当責任者としての矢野少佐は、本件トンネル内の火薬類の性能及び格納状況についても詳細説明して占領軍当局に十分これを知悉させ、その焼却処分をするに当つては、特に開放された場所に搬出して大気中で少量宛焼却すべきものであつて、本件トンネル内に格納した状態のままで焼却することは甚だ危険であり、大爆発を免れないから、かかる焼却処分は絶対にしないよう占領軍当局として十分注意を喚起させる措置を講ずべきであつたのに、これを怠り、大爆発の危険を感知せしめなかつた結果、占領軍当局において危険がないものと安易に考え、前示の如き焼却処分をなすに至つたものと考えられるのであつて、この点において矢野少佐に過失あるものというべきである。
又原審並びに当審における証人矢野一三、同和田定雄(一部)、原審証人岸田正敏、同数山吉男、同安藤光信、当審証人三好司の各証言、当審における控訴本人野北虎之助の尋問の結果に、原審並びに当審における検証の結果を綜合すれば、添田警察署長和田定雄は、前示の如く本件火薬類の物件目録の交付に立ち合い、且つ、矢野少佐から右物件目録一部を受領して居り、又本件事故発生までの間において矢野少佐から説明を受けたことがあつて、本件火薬類の品目、名称、数量、性能等について知つていたこと、本件焼却処分に際し、和田署長は占領軍将兵等が二股トンネルの火薬類を焼却に来たことを知つてその要請によつて警部補岸田正敏等を同行せしめながら、その焼却作業の状況によつては人命、財産等に危険のないよう万一の場合に処して住民を避難させるなど適宜の処置をとることを命じなかつたこと、又現場に赴いた警部補岸田正敏においても、同所において占領軍将兵等が前示の如き焼却作業を行うことを現認しながら、その危険発生の事態に想到せずして二股トンネル附近において那須巡査部長(現場で爆死)その他警防団員に見張をさせてとどまらせ、一般住民の右トンネル附近に近付いて見物する者のあるのを敢て阻止せず、もとより何人をも附近から退避させ或は住民に避難命令を発する等被害防止につき格別の措置をとらなかつたこと、又従来二股トンネル附近においては危険防止のため火気を厳禁して来たことが認められるから(原審並びに当審証人和田定雄の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。)、公安維持の職責をもつ警察官として、添田警察署長和田定雄においては部下の警部補岸田正敏に対し焼却作業の状況によつては人の生命、身体、財産等に危害のないよう、避難命令を発する等適宜の措置をとることを訓示徹底させ、又警部補岸田正敏等においても現場において前示の如き焼却作業が行われることが判つた以上、たとえ吉木トンネルにおいては二股トンネルと同様の方法により火薬類に点火し、二股トンネルに赴くまでの間事故発生の事実を認識しなかつたとしても(結局吉木トンネルにおいては全然事故がなかつたのではあるが)、二股トンネルの本件火薬類点火焼却につき危険発生の事態の立ち到るべきことに想到し、仮に占領軍将兵等の右方法による焼却作業を中止させることが期待し得なかつたとしても、二股トンネル附近からすべての人を退避させ、且つ、広く附近住民に対し前示焼却作業が行われることを周知徹底させて住民を避難させ、できる限り人の生命、身体、財産等に被害のないよう適宜の措置をとるべきであつたにも拘らず、事ここに出でず、占領軍将兵等の言を盲信して何等の危険なきものと速断し、被害発生を防止するに足る何等の措置をとらなかつた点において国の機関たる警察官にも過失があつたものといわなければならない。従つて被控訴人国はこれらの機関の過失ある本件事故発生に関し、その被害者に対し損害賠償を為すべき義務あるものといわなければならない。
而して成立に争のない甲第一号証の一、同第三、四号証、同第五号証の一、同第六、七号証、弁論の全趣旨に照らし当裁判所において真正に成立したものと認むべき甲第五号証の二、原審証人数山吉男、同中村艶二、同安藤光信、当審証人三好司、同伊藤保司、同寺岡一人の各証言、当審における控訴本人安藤治朗、同野北虎之助、同野北健吾、同野北律の各尋問の結果、原審並びに当審における検証の結果に弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件大爆発によつて二股トンネルの丘陵は破砕、飛散し(この点は当事者間に争がない)、その結果附近に居住していた控訴人等の生命、身体、財産に対し甚大な被害を受け、この判決末尾添附の第二目録記載の控訴人等に対しその記載の如き財産上の損害を蒙らしめ(右損害の発生及び数額については当事者間に争がない。)、又原判決末尾添附の別表第二の(二)記載の控訴人等と親子又は配偶者の関係にある人々(右身分関係については当事者間に争がない)をして死亡するに至らしめ、又同別表第二の(三)記載の控訴人等自身に対してもその記載の如く負傷せしめ精神上並びに肉体上に多大の苦痛を与えたことが認められるから、被控訴人はこれらの控訴人に対し相当の慰藉料を支払う義務があるものというべく、而して本件記録に現われた諸般の情状を斟酌すれば、その慰藉料の額は少くともこれらの別表に記載された請求金額を下らない額をもつて相当とすべきものとする。
果して然らば被控訴人は控訴人等に対し前記財産上の損害及び慰藉料としてこの判決末尾添附の第一目録記載の各金員(請求金額)及びこれに対する本件事故発生の日の後たる昭和二十年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あることが明かであるから、控訴人等の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべきものとする。
されば当裁判所の見解と異なり控訴人等の請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)